下北沢「和楽互尊 」店の空気も口に含むということ
最近、店の空気も口に含むという体験をした。
その体験は驚くべきことで、料理も味わう口も身体の一部であるということを思い知らされた。
本題に入る前に、まず前提となる話から書いていきたい。
前提をすっとばして読みたい忙しい人には、★の下から読むことをおすすめしたい。
下北沢にはおしゃれでゆっくりできるカフェが山ほどある。
うちでも作れそうなものがやや高めに提供されてたりするけれど場所代だったり雰囲気代だったりだと思うと納得できる範囲の値段設定がされている。
しかしこの「雰囲気代」というのが厄介で、例えばきれいに手入れされた観葉植物だったり、丁度いい温度の空調だったり、一言で言えばそこにいて落ち着つく、かつ自宅での作業が煮詰まってきたときに気分転換できる、みたいなことに私はお金を払っているつもりであるのだが、「雰囲気代」とそこで提供される「料理のクオリティ」が釣り合わなくなると、人は不満を覚えるわけである。
最近よく「ワインと料理のマリアージュ」なんてことを耳にするけれど、「雰囲気代」と「料理」がマリアージュすることは稀である。
そもそもおしゃれカフェ登場以前は店の雰囲気は料理を提供するにあたって最も基本的なことで、そこまで気にかけられるものでなかったのだから。
それに、雰囲気というものはウエイターの態度やテーブルコーディネート、花やワイン、食器のチョイスを足し算して生まれるものだったのではないかと思う。
それをパッケージングして内装という枠組みを作ることでいわゆる「現代おしゃれカフェ」は誕生した。個人的に、「現代おしゃれカフェ」の誕生なくしてポムポムプリンカフェやねこカフェなどのコンセプトカフェの誕生はなかっただろうし、その発明には大いに恩恵を受けているのだけど。
また、大枠を作ってから細かい中身を提示するというのは、個人や企業のブランディングにおいても基本的なこととなってきた。
Twitterではまずツイートの中身を見ずにプロフィールを見るし、芸能人でない個人であっても、ネットで有名な人のおすすめ商品には俄然そのおすすめ度に説得力がある。就職活動においても人と人のつながりから採用するコネ式から、大枠を提示しある程度選別され、そこから中身をみる方針にシフトした。
これを「新聞見出し式」と名付けるとすると、情報が溢れかえる中では、それはとても有効な手段にも見える。
ただし、人の記憶(思い出)や経験というのは、「新聞見出し式」でなく足し算式だ。
受験勉強など、暗記には「新聞見出し式」は有効だけど、私たちは人生ととても実直に、足し算しながら歩んでいる。だからこそ、未だに職人芸が光ったり、大枠でごまかさず丁寧に作りこまれたものに惹かれたりするのである。
★ここで本題に入ろうと思う。
そんな実直さを体現しているお店がある。
下北沢南口のビレバン付近の「和楽互尊」という焼き鳥屋さんだ。
細いビルの二階にあるので一見わかりにくい。
すぐ近くにある串あげ屋さんと見間違えそうになるが、控えめな看板が見えるはずなので勇気を持って階段を上ってほしい。
ドアをあけるとそこは別世界で、新しいお客さんが入るたび、若いお兄ちゃんがカウンターの上にひっそりと取り付けられている太鼓を鳴らしてくれる。
カウンターには一人の常連客、テーブルにはビールで顔を真っ赤にして大人数でわいわいする老若男女で溢れている。
ふたり連れだった私たちは運良くカウンターの席に座れて、目の前で無口なおじさんが焼き鳥を炭で焼いていることろをつぶさに観察できた。
まず梅酢がかかったキャベツが運ばれてくる。このキャベツはおかわりし放題で、カウンターに座っている場合、少なくなってきたら店員さんが気付いてくれて一掴み分をお皿に盛ってくれる。焼き鳥は一回頼むとだいたい3本セットででてきて、キャベツの上にぽんと置かれる。全て無駄のない動きで、見ていてこちらも気持ちいい。
また、焼き鳥を焼くおじさんのとなりに塩の白い山がそびえている。
おじさんはリズミカルにこの塩の山から塩をとり、焼き鳥にふりかける。ふしぎなことに、どれだけおじさんが塩を使っても、この山の形が崩れることはなかった。
この一枚の写真からもわかるように、店の雰囲気はとてもレトロだ。
昭和にタイムスリップしたと言っても違和感はない。
充満する熱気や不景気とは思えない笑い声、焼き鳥という料理のシンプルさかつ奥深さ、そういったものが全てこの非日常空間を形作っていた。
焼き鳥を食べる度、その空気が口に入り、体の奥にまで入っていくような感覚がある。少ししょっぱめの焼き鳥とすっぱいキャベツの相性もよく、熱気が体に入ったあとは酸っぱさがそれを体に馴染ませる、そんな時間を過ごすことができた。
自宅で料理を味わう時は、舌で味覚で楽しみ、旬を目で愉しめばいい、でも外食する時はそこの空気も味わい、そして身体を舌にできる場所がある。
その贅沢さを知ることができた店だった。
普段食べ物の写真はよく撮るが、ここでは食べている間、写真を撮る行為は不自然なことのように思い、この一枚はお会計をしている時に撮った。
あとで調べたところ、撮影禁止との噂もあるようだが、それは噂にすぎないとも言われている。
でもこの店にいくときはぜひ食べることに集中してもらいたいと思う。
食べログの評価もとてもいい。
個人的に美味しかった、また食べたいと思うのは
すなぎも、げそ、エビ、トマト。
平日9時頃行くとすでにつくねが品切れだった。
他のものもどんどん売り切れていくので早めにいくことをおすすめしたい。